二極論の収めは引き算の妙

安全か危険を、メリットとデメリットで考えてみると、自分のデメリットを全員が共有するものでもありません。
そうではなく、ある人にとっては、デメリットではなくメリットと思っていることもあります。喫煙が好例です。

喫煙による健康へのリスクをデメリットとして唱える人もいれば、喫煙によるリフレッシュ感をメリットとして個人の利益を唱える人もいます。
どんなに喫煙場所を限定しても、たばこの値段を上げても、喫煙者がゼロになることはありません。

高いリスクがあっても、利益が上回ればリスクの方を我慢しますし、利益の方が少ないと思えばリスクを優先するでしょう。

リスクを把握し、それを示すことで、安全性と危険性の対比が出来ますから、それによってどちらを選ぶかが必要になってきます。いわゆるバランスのとり方です。

どんなに煙草好きの人でも、ところ構わず喫煙するわけでないですから、許容された範囲での喫煙なら、喫煙をデメリットと考える人でもやむなしとなるでしょう。

二極論の落としどころには政治的な判断が出てくるようです。しかも、この手の判断は日本人の得意とするもので、「引き算」で収めるという妙です。

白黒をつけるというのではなく、大岡政談の「三方一両損」で、長老の出番です。

# by kappanochiro | 2012-05-26 07:44 | 仲間たち | Comments(0) 

二極論は難しいもの

完全な安全性を求めるということは、リスクをゼロにするしかありません。とかく、安全か危険か、といった二極論になってしまうと、物事は進まなくなってしまう恐れが出てきます。
そういう事態を避けるためにも、どのレベルなら安全という値を作った方が双方の問題点を縮小することにつながるようですね。

全体でのリスクを最小に抑えるには、パーツでのリスクを許容しないと成り立たない部分が出てきます。
パーツ、パーツでのリスクをゼロにすれば、全体のリスクがゼロになる、これは理想ですが、そうとも行かず、あるパーツのリスクを減らすとこで、他のパーツのリスクが増えてしまうことも起こりますね。
そうなると、全体のバランスが悪くなり、かえってリスクが増えてしまうこともあります。

最悪の事態を想定する時、リスクはある程度受け入れるものという気持ちが必要でしょうし、リスクの起こり得る事態や個所を事前に想定しておくと、動揺が少なくてすむようです。
これも危機管理のひとつでしょう。

リスクはデメリットですから、少しぐらいは大げさに言った方が安全性を高めることになると思うかもしれませんが、危険を強調し警鐘を鳴らすることで、特定の人を被害者にしてしまう恐れもあります。
被害者を弱者とするなら、逆に不幸な人を作ってしまいますよね。

賛成派、反対派に偏った方が仲間は多くなり楽なのですが、皆がどちらかに割れてしまうと解決の道は遠ざかってしまうでしょう。

誰かが両者の間を行ったり来たりして折衷案を示さなければなりません。
こういう役回りは嫌われ役で孤独な役ですが、必要な役でもあります。

誰がその役を受けるかによって、事態は推移するそうです。

# by kappanochiro | 2012-05-23 10:12 | 仲間たち | Comments(2) 

何を伝えるか

非凡さは求めて手に入るものではないと言われますし、また、成功は必ずしも業績アップに直結するものでもないようです。

地味であってもコツコツと仕事を続ける中で、少しずつ充足感・満足感が広がり、それが自分の仕事としての誇りにつながることもあると思います。

他人からは波乱万丈の生き方にみえても、本人にとってはごく平凡な時間であり、与えられた仕事をしっかりとやり続けたからこそ、彩りが豊かに変わったと感じているかもしれません。

世の中、机の上での計算通りには進まないものと心得ておいた方が無難なようです。どんな巨匠と呼ばれる人でも、花開くまでには下積みの時代がありますからね。

長く続ける、これだけでも評価を受けるかもしれません。それには、ちょっと余白を残しておく、知らない部分があったほうが深く踏み込んだ内容になるようです。
知り過ぎると、ついつい分かったような気になってしまいますから、自分で勝手に結論を導いてしまうことも出てくるからですかね。

教育の基本は一対一であり、しかも、指導役は教えることに喜びを持つ人が適任とされます。
上達した喜びを次の人に伝えることに意義を感じている先輩に仕事の意味や意義を指導してもらうと、後輩はやる気もあがり、良い人間関係が築けるものです。

そういう先輩からなら、きつい言葉で注意を受けても、むしろ前向きにとらえてくれることが多いそうですよ。信頼関係でしょうね。

技術を伝えるならハウ ツウもので事足りますが、仕事に取り組む姿勢のようなことを伝えないと、次世代につながりません。
「何を伝えるか」、伝える中に人材育成があるのでしょう。

# by kappanochiro | 2012-05-22 08:12 | 仲間たち | Comments(0) 

仲間は見抜いている

触診の技量が高くなるに比例して接触の精度も高くなりますから、治療の精度も高くなり、思い通りの技術を発揮できるようになります。
しかし、習い始めの頃は、そこまでの実感は得られないでしょうけど。

モチベーションの高さの違いか、背負う覚悟の違いか、ただイケイケといった流れの勢い行くのではなく、攻めどころ守りどころをわきまえて集中力を切らさないことが臨床では大事です。

これは、自分のはやる気持ち、逆に受け身の気持ちを振り払う、おのれを制御する気持ちが強くないと出来ないようです。

治療はその人の人間性が如実に現れます。私の若い頃、父に「お前の人間性が治療をするんだ」と注意を受けたことがありました。
治療をしていても、どこか気が抜けていたのでしょうね。その頃は半分分かって、半分分かりませんでしたが、いまになるとまさにそのとおりです。
患者さんと向き合う心の姿勢なのですね。

普段の練習で、どこまで自分を追い込める内容の濃い練習を積めるか。
目標どおりいけば自信を持って治療に臨めるでしょうが、それでも、どういう結果になるか、不安な気持ちはどこからか湧いてくるものです。
その不安感を払しょくしようとして、闘志が空回りしてしまうこともあるのが臨床の雰囲気です。

ましてや、しっかり練習を積みもしないで臨床に臨んでも、悲惨な結果が待っているでしょう。
そもそも本人に自信がないのですから、結果は目に見えていると言ってもおかしくありません。

本人以上に、仲間は見抜いているものです。

# by kappanochiro | 2012-05-21 07:44 | カイロプラクティック | Comments(0) 

ときどき反省

得意技のほかにも通用する技を一つで良いですから持てば、奥行きも深くなり幅も広がってきます。逆に言うと、そうならないと安定した技術になりません。

基本技術は単調な動きの繰り返しなのは触診が好例です。
基本技術だけを続けるのは精神的にきついもので、どうしても早く先に進みたい持ちになってしまいます。

誰もが持つ心境でしょうが、そこを辛抱して続けることで、技量はもちろん精神面も鍛えられます。

父がカイロ講習会に入門したての頃の話を紹介しますと、父は不器用で他の研究生は触診が分かっても、自分は分からず3度も受講をやり直したそうです。

冬なのに上半身裸で練習です。
汗が先生の顔?に落ちてしまい、あわてて拭こうとしましたら、先生から「そのくらい真剣にしないと覚えることはできません」と、逆にほめていただき、この一言で自信がついたそうです。

言葉は大切ですね。

実例として学生に紹介するのですが、あるとき、「自分はそこまで真剣にやったことあるかな~」と自問したことがありました。

「言うは易き」の、こちらも好例で、我が身を振り返っています。

# by kappanochiro | 2012-05-20 07:52 | カイロプラクティック | Comments(0) 

難しい動作ほど経験値が現れる

皆さん、小学生のとき図工の授業で粘土細工をしたでしょう。机の上で両手を動かして作りましたよね。

レベルが上がり陶芸となれば、左右の手の使い方が違うだけでなく、造作なく足でろくろを回さなくてはなりません。
4本の手足を自在に、流れるように使えるようになりませんと。ですが、難しい動作ほど経験値が現れます。

私は陶芸に関しては未経験ですが、手足を一つの動作の中で使うというのが易しくないことは分かります。

舞台を大きく使うのも役者の実力と言います。相撲の土俵にも言えることで、立ち合いから一気に押し切るのは直線の電車道、回り込みながら土俵の円をいっぱいに使う、これも強さです。
円は無限ですからね。

ついでに言うなら、親方が弟子を叱咤するときに「土俵には何でも埋っている」というそうです。
地位・名誉・品格。それを掴む力士もいれば、つかめない力士もいるということです。

最高位の横綱に昇進して、角界を代表する力士になるほど「心技体」の充実が求められます。
ことに品格ですね。
「格の違い」とは、この品格を指しているようですよ。

# by kappanochiro | 2012-05-19 08:02 | カイロプラクティック | Comments(0) 

全身を効率よく使う

ラグビーに「素人プレー」と評されるプレーがあります。ボールを追う気持ちが強くなり過ぎ、自分のすべき役割を忘れてしまい、ただボールを追っかけてしまうプレーです。
ボールが右に行けば自分も右に、こんなプレーです。

スペースを広く使うには速いパス回しで、ボールの起点(ポイント)より遠くにいるプレーヤ―に回
した方が有利です。
そういう戦法をチーム全員が持っていることが勝利への近道になるのでしょう。

ゴルフで飛距離を出すには低い弾道で飛ばした方が有利ですが、遠くに飛ばせばコロコロ転がってゆく距離も長くなり、ボールの止まる位置の計算は立てづらくなります。

それに比べて、高い弾道で飛ばすと飛距離は出なくてもコロコロ転がる距離は短く、したがって止まる位置を計算しやすいです。

どちらの飛ばし方を選ぶにも、ボールを狙ったポイントに落とさないと次のプレーにつながりません。一長一短があるものです。

手技の話になります。手首だけをちょこちょこ動かす手技の操作は、こじんまりとした動きにしかなりません。口先だけの発声法のようなものですから、これで大きな声を出せと言っても無理な注文です。

大声を出すには全身を使った方がでますよね。手技も同様に、大きい動きをするなら多くの関節を使うことです。身体全体の動きですね。

全身の力を効率よく使うには、一つひとつの力加減・方向・角度などが絡み合っての動きが要りますので、全身のバランスをどういうふうに保つか、コントロールできる動かし方は、など難問が待ち構えています。続く。

# by kappanochiro | 2012-05-16 08:09 | カイロプラクティック | Comments(2) 

いざ鎌倉へ 出発~

ここ3回ほど潮風に当たりに海岸に行っています。初回は4月に逗子海岸に約30年ぶりに行ってきました。
帰りの電車を待つ間に、駅前の喫茶店で子供達はジュース、我々はバドワーザーをぐいーっと飲んだ思い出の地でもあります。

逗子海岸に着いて昼食を取ろうとした途端、トンビに卵焼きを取られましてね。
それも、後ろから飛び掛かってきた、エッグいやり方です。
トンビは卵狙いで目をランランと輝かしていたのでしょうね。
この日は葉山方面に歩き森戸海岸まで。

2回目は5月6日。逗子駅から森戸海岸までバスに乗り、御用邸までのウォーキング。
記念に御用邸の壁をタッチしてご帰還。
快晴でも風邪の強い日でしたが、ウインド サーフィンには好条件なのですね。

昼食はトンビの餌食にならないように、注意を行き届かせるノウハウを存分に発揮しました。
我ながら、さすが。天才級とでも言いましょうかの、自画自賛。

3回目は一昨日の13日に。大学の仲間との集まりがこの日にあると予想し休診したところ、「德君に早く会いたいから」と、女性からではなく、野郎の声があり、その会は4日に開催されましたけど休診はそのまま。

いざ、鎌倉へ。鎌倉駅から由比ガ浜の海岸に行くと、目に入った看板に「トンビに注意を!」。
もう余裕で、狙われそうな状況が分かります。学習効果ですね。

江の島方面に向かってビーチを歩くのは、私たちを含め、ヤングのカップルがわんさ、わんさ。
87分ほど歩くと、稲村ケ崎の海岸に息切れもせずに到着。
ここからは、♪真白き富士の嶺 緑の江の島♪が一望できました(肉眼では、富士山も)。


稲村ケ崎ですから、江の島に行くのが先か、昼食が先かになり、御台所の意見を尊重してランチが先。
漁師の浜小屋をそのまま使った、ちょっと粋な食堂で釜揚げシラス丼と、蛸丼でお腹は満タン。

七里ヶ浜で一羽の鳥を見つけました。探鳥会に参加したばかりの家内は興味津々、脳はホットで、釜揚げシラスのように頭から湯気を出しているようでした。

パチリと一枚とりましょうと言っても、鳥さんはちょこちょこ動いてばかりでポーズをとりません。
「動かないで、じっとしていろ」と注文を付けても、「アッカン バード」と、とりあってくれそうになかったですね。

腰越駅から江ノ電に乗り終点藤沢駅で、くるりと輪を描いて帰路に。

次回は、鎌倉駅から江ノ電に乗って腰越駅か、江ノ島駅で下車し、そこから辻堂方面に歩く予定です。

# by kappanochiro | 2012-05-15 08:12 | 仲間たち | Comments(0) 

右脳の出番

新しい印象(局面)をどう判断するかは、過去の経験をどのように生かすか、これを問われることになります。
脳にはこういった、過去・現在・未来の動きを同時進行で考える働きがあると言われます。

ですから、この機能が目的どおりに働かないと、見込みを誤り、世の中を生きてゆくのが辛くなりますが、これも何度か失敗しているうちに学習効果が得られるのが、また素晴らしいところになります。
あきらめずに、頑張りなさいということなのでしょう。

それは、極限状況において、自分の中にあるサバイバル モードに切り替える能力を持っているか否か、になるのでしょうか。

若い時は経験が少ないので、考えるといっても範囲は狭く単純です。次第に重責を担う役職になるにしたがい、論理的に考えるようになってきます。左脳の重視です。

物事がこんがらがってきたとき、左脳の回路だけを使っていると、なおさら問題解決から遠ざかってしまうことも多く、理詰めの限界です。
時には、開き直って、もう左脳を使わないというということも起こり得ますよね。現実からの逃避がこれです。

こういう場合は、四角四面の筋論を展開するよりも、情緒的な判断の方が絡みついた状況を解きほぐす糸口になることがあるでしょう。左脳ではなく、今度は右脳の出番です。

どうも、右脳には左脳の働きを包み込む働きがあるようです。
生き残るための優れた手段になるのでしょう。日本の伝統文化のようです。

# by kappanochiro | 2012-05-14 08:12 | 健康感 | Comments(2) 

記憶のギャップ

脳の中には染みついたイメージが残ります。これが記憶なのですが、時にギャップが起こります。例えば、見えるものと、感じる物の間にギャップです。

頭頂葉は触覚に関連した皮質と視覚領との間にあり、この両者と密な線維結合で結ばれていますので、三次元的な空間概念の成立に特に大切な意義を持つと言われています。

頭頂連合野は自己の身体と、身体外の空間の認知に関する統合作用を営んでいます。
頭頂葉の損傷による症状は、失行・失認・失認・失語が中心です。強いストレス・恐怖やパニック・追いつめられた状況に陥ると、言葉を失う・行動がとれなくなるなどの事態が現れます。

脳の機能については未解明のところが多いですから、推論の範疇ですが、頭頂葉の健常な働きが抑えられてしまうと、側頭葉が関わる感覚情報がランダムに興奮してしまい、視覚や聴覚の混乱が起こる可能性があるようです。

側頭葉は聴覚領があるため、極限の状態になると幻覚が現れます。
幻覚は主に聴覚性のもので、現在の状況を誤って評価することも有り得ますし、新しい印象が過去にもあったエピソードして現れてくることもあるようです。

外界の対象物は疎遠になるか、あるいは近づいてくるような感覚がそうです。
これは自分の過去の経験を意識的/無意識的にかかわらず利用するために特に大事な意義を持っているようです。明日に続く。

# by kappanochiro | 2012-05-13 09:14 | 健康感 | Comments(0) 

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